今回紹介する本も「脳」に関するものです。
『進化しすぎた脳』 池谷裕二著 講談社BLUE BACKS 2007年発行
この本は薬学博士である著者が、大脳生理学の最先端を中高生を相手に分かりやすく講義をしたものです。
著者は、以前紹介した『のうだま』の共同著者でもあり、私のブログでは2度目の登場となります。
最先端といっても、語られていることは、誰もが興味を持つ、意識や、記憶といった身近な脳の働きをテーマとしています。
読んでみると、脳は日常活動の意外なところで働いていたり、今まで思い描いていた脳のイメージとかけ離れたことをしていたり・・・最初は想像しがたい事実も、著者の丁寧な説明のおかげでつじつまが合い納得できます。
逆に、常識と思っていたことが、研究を進めていくうちにつじつまがあわなくなり、違っていた、といったことも、わかりやすく伝えてくれます。
また、脳の話しとなると、どうしても「意識」とは、というテーマが出てきます。この哲学的なテーマに対し、著者なりの結論を出しており、読み応えがあります。
この本は、どこかで聞いたことのある話ばかり、といったものではありません。お薦めです。
以下、私が印象に残った話を紹介します。
脳の部位と体生感覚野の地図
手や足など、人間のさまざまな部位の機能が、大脳のどこに
対応しているかを表す「能地図」 1952年作 カナダの脳外科医ペンフィールド(1891-1976)によるもの |
- 脳が大きければ大きいほど、しわが多ければ多いほど賢いという通説は間違い。イルカは人間の脳よりはるかに大きくしわも多いが、知能は人間の3歳児並み。
- 脳と他の臓器との違いは、他の臓器はどの部位をとっても同じ役割をしているのに対し、脳は部位ごとに役割が分かれている。聴覚野では、ヘルツ数によって反応する部位が分かれている。
- 脳は部位ごとに役割が分かれているため、脳の一部を損傷しても、損傷した部位の機能が働くなるだけで、他のことは正常に働く。
- 脳は部位ごとに役割が分かれているが、固定されているわけではなく、フレキシブルに対応する。発達段階に、目から入った神経を視覚野と切り離し、聴覚野につなげる動物実験では、ちゃんと目が見えるようになった。
- 脳の発達は、カラダによって決まる。指が4本で生まれた子は、脳には4本に対応する神経しかできない。指の分離手術をして、5本の指ができたら、約1週間で、5本目の指に対応する場所が脳にできた。
- コンピュータと脳の違い。コンピュータはハードウェア(キーボードやマウス)を取っても、コンピュータ本体は変わらないが、脳は、腕や足を取ると、それに対応する部位が衰えてしまう。
- 脳のポテンシャルは高いが、カラダが単純な構造なため、脳の性能を持て余している。
- 人間は運動神経と引き換えに、知能を発達させた。最も運動神経のよい動物は鳥。
- 脳はどのようにして考えているのか?この問いに、偉大な天文学者ケプラーは、「脳の中に小人が入っており、その人が考えている」(ケプラーの小人理論)という説を大まじめに唱えた。
視覚について
- 脳が補正をかけているため、片目でも立体感を感じることはできる。脳が立体感を感じるように補正をかけているため、錯覚が起きる。世界は3次元なのに網膜は2次元、補正をかけざるを得ず、錯覚が生じてしまう。
- 網膜から出て脳に向かう視神経の数は、片目で約100万本。デジカメでいうと100万画素。脳は解像度では今のデジカメに負けるが、補正をすることにより補っている。
- アニメやパラパラ漫画が滑らかに動いて見えるのは、脳が次の瞬間、どうなるかを予想して補っているため
- 人間の目の時間解像度に合わせて、ビデオのコマ数が決められている。ビデオ1/30秒、映画1/24秒
- 目から入った情報は形、色、動きをそれぞれ脳の別の部位で並行して行っている。しかし、解析にかかる時間は異なり、最初に色、次に形、最後に動きに気づく。
- まず、世界があって、それを見るために、人間が目を進化させた、のではない。人間の目ができた初めて世界ができた。人間の見ている世界は人間独自のもの。他の動物は、違う世界を見ている。
- 目の情報を処理するのは、視覚野だけではない。視覚野がダメになっても上丘という場所で目からの情報を受け取っている。上丘は原始的な脳で、単純な判断しかできないが、反応が速い。野球やテニスは、球を視覚野で処理していては、間に合わないため、上丘で処理しカラダを反応させていると考えられる。
- 人間には盲点というものがあり、視界には見えていない場所がある。盲点は簡単に探すことができる。
- 網膜の中心に視神経用の穴が空いており、そこが盲点になっている。脳が周囲の情報から盲点の情報を予測し補正しているため、普段は盲点に気づかない。
- 色を見分ける細胞は網膜の中心しかないため、ごく狭い範囲しか色をみていない。それ以外の部分は、脳が予想して埋めている。
- クレヨンを視界ぎりぎりのところに置くと、クレヨンは判別できても、色はわからない。一度、色をみてしまうと、脳が学習してしまうため、補正してその色が見えるようになる。
意識について
人種や民族に関係なく人間の表情は上記の6種類 |
- 人間の行動の中で、意識でやっていることは意外と少く、ほとんどが無意識の活動。
- 意識の条件その1:表現の選択
- 意識の条件その2:短期記憶(ワーキングメモリ)
- 意識の条件その3:可塑性(過去の記憶)
- 上記の3つを満たしている「言葉」は意識の典型
- 表情のパターンは世界共通。赤ちゃんが、誰からも教わらずに顔の表情を全種類できるのは遺伝子の持っている情報のおかげ。
- 言葉にないものは想像しづらい。言語学者のアブラム・ノーム・チョムスキーいわく「言語を知れば、その国や社会の構造体系を知ることができる」 。人間は言葉の奴隷。
- 最も原始的な人間の感情は恐怖。危険なものから避けなければならないため。恐怖は「扁桃体」という場所で生まれる。
- 動物は怖いから逃げるのではなく、扁桃体が活動したから逃げる。それと並行して大脳皮質に扁桃体の活動が伝わり、怖いという感情が生まれる。
- 感情によって行動が決まるのではない。感情の価値は、人間の世界観に色彩をくわえたり、他人の感覚を想像して共感したりする。
スパイクの出力
活動電位(スパイク)は出口の繊維の根元の部分(図のX)
からスタートする。賛成派(グルタミン酸を使うシナプス)と
反対派(GABAを使うシナプス)があり、最終的にスパイク を起こすかどうか(=発火)はこの根元で決める。 |
- なぜ記憶するのは難しいか?何度も繰り返し見ることにより、パターンをつかむため(汎化)例えば、デジカメのように見たものを完全に記憶すると、少しでも違っていると、同じものを同じと認識できない。したがって、何度も見ることによって、少しくらい違っていても同じものだと認識できるようになる。なかなか、覚えられないのは、頭が悪いためではなく、脳がそのように進化しているため。
- あいまいな記憶どうしが、ある時結びついて、イマジネーションが生まれる。完全な記憶しかもたないコンピュータは創造はできない。
- 人間の細胞は約60兆あり、2~3か月でほぼ入れ替わる。しかし、脳細胞は入れ替わらない。脳が入れ替わったら、自分の連続性がなくなってしまうため。
- 神経細胞一つにつきシナプスは1万個ある。神経細胞は1000億あるため、脳の中のシナプスは1万×1000億
- 神経細胞ないは電気信号(スパイク)、細胞間(シナプス)では化学反応(神経伝達物質)により情報伝達が行われる。が、スパイクがくれば必ずシナプスに化学反応が起きるわけではなくある確率で起きる。これが、脳のあいまいさの原因。
- シナプスにはアクセル役とブレーキ役があり、アクセル役はグルタミン酸を放出、ブレーキ役はGABAを放出する。
- アクセルとブレーキのバランスがとれて、脳が正常に機能する。
- このバランスが崩れた病気が「てんかん」。重量挙げ選手は訓練によって、このバランスを崩すことができる。また、火事場のバカ力も一時的にバランスが崩れて起きる現象。
- 記憶は全て神経ネットワークに蓄えられる。
- ネットワークに信号を蓄える必要な法則「ヘブの法則」・・・神経AとBがあるとする。AとBの神経が同時に活動したら、その二つの神経の結びつきは強くなる。というもの。
- 自然淘汰は優秀な子孫を残すことをが目的。アルツハイマーは子孫を生んだ後の老人の病気のため、自然淘汰されない。
- 脳とコンピュータの違い。コンピュータはハードウェアにより動作するが、脳はハードウェアがなくでも自発的に活動する・・・「脳の非エルゴード性」
- 脳の重さは体重の2%に対し、消費するエネルギーは20%、そのほとんどが、自発活動(ひらたく言えば「ゆらぎ」)
- 成人男性の1日の消費カロリーは2000kcalとすると脳の消費カロリーは400kcal≒20W ⇒ 電気代に換算すると約300円/月
- ジャンケン、どわすれ、ふと思い出す・・・「脳のゆらぎ」に起因
- 脳が見る風景は、本当に見ている風景なのか? 網膜から視床に入る割合:20% 視床から視覚野に入る割合:15% ⇒ 網膜から視覚野に入る割合:20%×15%=3%に過ぎない
- 外の世界かは入る情報の処理「ボトムアップ処理」に対して、脳内部の処理「トップダウン処理」、脳内の処理のほとんどがトップダウン処理
- S/N比とは、シグナル/ノイズの比率。音を聞き分ける実験装置は10以上のS/N比が必要だか、人間は1以下でも聞き分けられる。これはトップダウン処理のおかげ
- 科学は「客観性」と「再現性」を重視する学問
- 「再現性」を重視する以上、科学が対象にできる現象は限られている。
- 「科学的なら信じる」という人が多いが、では「信じる」とは何か・・・と考えると、科学は宗教に近く、その基盤は危うい。
- 相関関係と因果関係は違う。データが相関関係を示していても因果関係があるとは言えない。
- 科学は「再現性」が必要だが、脳は常に変わっていく・・・再現性がない
もともと、この本は、前回紹介したように、中高生相手に講義したものをまとめたものです。受講者が、興味をひけるように、たとえ話をまじえての説明で、自分が講義を受けているような感覚で読み進めることができました。
なんとなく脳に興味のある方にお勧めです。おもしろ話が散りばめられ、話のネタのレパートリーが増えること請け合いです。
なんとなく脳に興味のある方にお勧めです。おもしろ話が散りばめられ、話のネタのレパートリーが増えること請け合いです。
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